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広島高等裁判所 昭和35年(く)18号 決定 1961年1月23日

少年 S(昭一八・九・一九生)

主文

原決定を取消す。

本件を広島家庭裁判所に差し戻す。

理由

本件抗告理由は抗告申立書記載のとおりであるが、その要旨は、原決定には決定に影響を及ぼす法令違反があるのみならずその処分内容も著しく不当である、即ち少年法第二二条によれば、「審判は懇切を旨としてなごやかにこれを行わなければならない」とあり、又少年審判規則第三〇条によれば「保護者は審判の席において、裁判官の許可を得て意見を述べることができる」と規定され、更に同規則三五条によれば「保護処分の決定を言い渡す場合には、少年及び保護者に対し保護処分の趣旨を懇切に説明し、これを充分に理解させるようにしなければならない」と定められている。

しかるに原決定をなした裁判官は本件の審判をなすに際しいわゆる人定質問をなした後調書を読み聞かせずに「お前のやつたことはこの調書のとおり相違ないか」と尋ね、少年がはいと答えると「お前のやつたことは大人であれば最高無期、最低懲役三年に該当するが、少年であるから少年院に送致する」と決定を下した。その間の所要時間は約一分余に過ぎない。そこで抗告人は右決定を不服とし抗告する旨を告げたところ、同裁判官は怒声を発して抗告人を叱責し且つ聞くに堪えない暴言を抗告人に浴びせた。抗告人は法治国民の一人として法の命ずるところに従つてなされた裁判であれば何等異議をさしはさむものではないが、少年及び保護者にとつて重大関心事である審判が前記の如き状況下になされたのはまことに心外で、右は少年法及び少年審判規則を無視蹂躙するものであり、又如何なる犯罪でもその動機、犯後の状況、年令及び境遇等により情状酌量がなされるのが当然であるのに拘らず「お前の犯した罪は無期又は三年以上の懲役に該当する」と言つて何んの酌量もなさず主観的に処断された原決定は著しく不当であると謂うにある。そこで当裁判所は本件の少年保護事件記録及び少年調査記録を詳さに調査し、且つ少年の実父母であるF、M子、少年を担当している教官田原正一をそれぞれ証人として尋問し、更に少年本人をも審尋した上検討してみるに、前記保護事件記録中の審判調書によると、原審裁判官は本件審判をなすに際し先ず少年に対し犯罪事実等に関して陳述をなさしめ、次いで列席していた前記実父母及び少年調査官の意見をそれぞれ開陳させた上原決定を言渡し、更に抗告に関する事項を告知していることが明らかであつて、右の審判手続に違法の点があるとは認められない。尤も前記実父母の証言によれば、該審判廷において懇切綿密な取調があることを期待していた同証人等が原審裁判官の審判手続を予想外に簡略且つ冷淡なものと感得したことが推測され、且つ抗告人より原決定に対し抗告する旨を告げられた際同裁判官が、愛児を少年院に奪われたと感じ落胆している抗告人に対し、その感情を剌激するかのような多少行き過ぎた発言をなしたことが推認されるが、このような事柄はいまだ決定に影響を及ぼすほどの法令違背とは解せられない。

よつて進んで原決定の処分の当否を判断するに、本件非行の内容は、少年が昭和三五年六月二五日夜Y(当時二九年)及びT(当時二六年)と共謀し、広島市○○町○丁目××番地E子を詐言を用いて誘い出し、自己及びTが乗車しYが運転する乗用車に同女を乗せ、同市○○町K方東北方約七〇米の山裾や、同市○○町M方西方約七〇米の△△川放水路工事現場の空地に連行し、右両所やその途中の車中において同女に性交を迫り、拒否されるや、姦淫の目的で同女の顔面頸部等を殴打し、或は首を締め、耳その他を噛みつき果てはその着衣を剥ぎ取る等の暴行を加え、よつて右肩胛部その他に全治七日を要する打撲傷、咬傷、擦過傷等の傷害を蒙らしめたものであつて、以上の罪質態様に照すときは少年の責任は一見重大であるかの観を呈するのであるが、少年をして右非行に走らしめた経過及びその演じた役割を証拠によつて調査してみると・少年は昭和三五年六月初旬頃より広島県○○町○○酒類販売業T方の店員となつて働いていたものであるが、同月二五日午後八時頃晩酌を終えた店主Tに連れられて、同人の知り合いであるYの運転するタクシーに乗車して広島市○○町バー△△△に赴き、同所でT及びY等の飲酒中少年もTに奨められるままにビール数杯を飲み、同日午後一〇時半過右バーを出てYの運転する自動車でTと共に帰途についたところ、その車中においてY、Tの両名が、Yが嘗て情を通じたことのある料理店△△の炊事婦N子の娘(本件の被害者E子)を誘い出して情交を求めることを謀議し、少年に対し詐言を用いて同女を誘い出すよう命じたので、少年は同市○○町の右E子方に赴き、Y等に指示されたとおりの詐言を弄して同女を連れ出し前記自動車に乗車させ、ついで既述のような犯行に及んだものであること、及び少年はT、Y等が該犯行をなすに際し同人等に命ぜられて右E子の腹部を二回位殴打し、或はその場の異常な雰囲気に興奮して同女の耳その他を噛みつく等の暴行をなしたものであることが明らかである。以上の経過態様に鑑みると、少年の非行はもとより軽視し難いところではあるが、その動機は少年の全く予想もしない偶発的事情に基因するものであり、しかもそれは自己の雇主であるT等の示唆という少年にとつて同情に値する原因に端を発するものであつて、又犯罪に対する加功の程度態様も極めて従属的であるといわなければならない。これら事情の外少年が当時思慮分別の充分でない一七歳未満の若者であつたことを綜合考察すれば、本件の処断はその罪質の重大さを一応離れ慎重冷静にされなければならない。

次に少年の性行、経歴、家庭環境、交友関係その他の事情を調べてみると、少年の家庭は父F(六二年)母M子(五二年)姉K子(一九年)妹H子(一三年)及び少年の五人家族であるが、父は鉱山業を営み職業の性質上仕事先である鉱山で起居することが再々あり、ために子女の教育監督の面において多少欠くる憾みがあり、母においてその責に任じてはいるものの少年の我が儘を助長したことは否定されないものと考えられる。姉K子は高校を良好の成績で卒業し洋品店に勤務し、妹H子は中学に在学し、夫婦間はもとより家族間も円満であり、父母両名共その教養人柄或は少年に対する愛情等の点において通常家庭の両親のそれに比較し決して遜色があるとは認められないのみでなく、少年を自己等の手許に引取つて教育監督することについて異常なる熱意を示しているのである。少年は右のような家庭に育ち、福岡県下の小学校を卒業して中学に進み、中学一年の時父の転居に伴つて広島県下のK中学に転校し、同校在学中に同校生徒或は教師等に殴打されたことが原因となつて次第に学校を嫌悪して欠席勝ちとなり、三年の中途でG中学に転じた後もこの傾向を改めず、遂には母に対しては通学を装いながら全然登校せずして中学三年の課程を徒過し、その後映画技師見習或はかき打ち等をなし、次いで昭和三五年六月初旬よりT酒店に勤めるようになつたものである。右のような状況であつたため学校の成績も芳しくなく、特に中学後半のそれは著しく不良であつたが、その性格は極めて従順である反面自主性に欠け弱気で環境に支配され易い傾向があり、嘗て中学時代不良性あるBと交際しその悪影響を受けたことがあつた。しかしその後同人との関係を断ち他に悪友がなく、しかも本件を除いては既往に何等の非行歴もなく、本件の犯行後痛く反省悔悟し、少年院送致後の行状も概ね良好で、担当教官においても少年を出所させて差支えない旨証言しているのである。

以上記述した各般の事情を綜合すれば、少年に対しては保護観察程度の処分が相当と認められ、従つて少年を中等少年院に送致した原決定の処分は著しく不当であるから少年法第三三条第二項少年審判規則第五〇条に則り主文のとおり決定する。

(裁判長判事 村木友市 判事 幸田輝治 判事 牛尾守三)

別紙一(原審の保護処分決定)(広島家裁 昭三五・八・一二決定報告四号)

主文

少年を中等少年院に送致する。

理由

(審判開始原由たる非行)

少年は、昭和三五年六月二五日夜、Y(二九年)、T(二六年)と共にE子(二二年)を詐言で誘い出して姦淫しようと謀議した上、同日午後一一時頃、Tと共にYの運転する小型乗用車に乗つて広島市○○町○丁目××番地の上記E子宅に赴き、少年に於て同女に対し、飲食店「△△」に働いている同女の母親より伝言方依頼を受けて来たものの如く装つて「用事があるからすぐ来るよう呼びに行つて呉れとお母さんから頼まれたので車で迎えに来た。」旨申し欺いて同女を上記乗用車に乗せ、同所より同女を拉して広島市○○町○○番地K方東北方約七〇米の山裾の空地や次で同市南○○町△△番地M方西方約七〇米の△△川放水路工事現場の空地に連行し、同所やその途中の車中に於て約一時間に亘り交々同女に対して執拗に性交を迫つた上、その顔面頭部を殴打し、首を絞め、身体各部を小突き廻し、右耳や顎に囓みつき果はその着衣を剥ぎ取つて全裸にするなどの暴行を加え、以て強いて同女を姦淫しようと試みたが、その頑強な抵抗にあつて果さず、上記暴行によつて同女に対し全治に七日を要すべき右外眦部方並に頤部各剥脱創、上口唇部裏面剥脱創、右耳殼咬傷、頸部索痕創、右肩胛部打撲挫傷、腰背部擦過傷などを蒙らせて傷害したものである。(刑法第一八一条、第一七七条、第一七九条、第六〇条該当。)

(要保護性)

(1) 本件少年は魯鈍級の知能(IQ六一、新田中B式)を有するにすぎない精神薄弱であり、一般的に知的機能が繊弱で知的活動力が鈍くて思考判断にも一貫性がなく、周囲の影響により知らず知らずのうちに知的統制力が失われいわれもないのに当初の目的又は態度を急変してみたり、又異質的な「場」に置かれた場合順応力が乏しくて適応不良に陥り孤立し易いので自然と自我が萎縮を来し、ただもう被影響的、依存的に生活し行動するにすぎない存在でしかないと言う通弊を具有するところ、更にその順調な人格形成の妨げとなる環境的負因として、(イ)長男に生れたので幼少時から甘やかされもしたが放任もされて気儘に育ち適切な躾を受けておらず、(ロ)父の職業の都合で度々転居し、その間の少年に対する保護関係、教育関係、家庭の経済事情にも屡々変動があつて要するに家庭環境が恒定していなかつた、という二点があつて、其の為に本件少年は家庭生活並に学校生活を通じての正常な社会生活規範の摂取を充分に果して居ないので、良好な環境下に於て絶えず適切な指導を加えない限りは常に周囲に支配されて其の場其の場で生起する欲求の赴くままに振舞い、しかもその要求水準は社会的自信の欠如の為に安易な、逃避的方向にのみ規制されているので、被圧的「場」に於ては一般に非社会的自閉的であるが、親和的「場」に於ては反社会的侵攻的な態度、行動となつて発現する公算が大きく、加えてその生育環境の猥雑さの故に精神的素地が荒廃低下して来ているので高等感情の発達は停止し冷情的行動の散発をみる危険すら認められる。(本件少年に対する少年調査票中の生活史並に本件非行事実を参照)そして今後それなりに或程度の社会的自信を取り戻した場合は支配性を強く示して不良グループのリーダー格におさまる虞もなしとしない。

(2) 家庭環境は本件少年を保護指導するについて決して恰好の場とは認められず、殊に一七、八才に達した男子の指導教育はもはや母親の指導能力の埓外にあると思われるところ、父親はその責を充分に果して来て居ないし又その年令、教養などの諸点よりして将来とも完全にその責を果し得るとは考えられず、結局本件少年は独立要求の赴くままに平凡な、父の不在勝の家庭を疎外して、より剌戟に豊み興味の持てる交友関係に於て自己の生活領域を見出し、其処に於て自己保持を図るに相違ないと言う憂うべき見透が強く、此の点に対する保護者の充分な反省が望まれる。

(3) 本件少年は中学生時代に不良児童と交友関係があつて悪影響を受けているが、昭和三三年八月現住所に移つてからも住居地域の猥雑な環境の影響を強く受け、不良青少年との交際もあつて精神的素地は荒廃の一途を辿りつつあり、これ迄自慰行為、喫煙、飲酒、猥談耽溺などの不良行為が累つて遂に本件非行に連らなるに至つたわけであるが、前叙のようにその素質面から見て斯る低級な欲望への関心と不健全娯楽への耽溺性が大きいので、かような悪影響から脱却させる為には、一定の年令に達する迄良好な環境下で生活再訓練を施し、その間に培養された健全な生活習慣が、それらの誘惑に堪え得るまでに強化することが望ましい。

(処遇)

上記の如き本件少年の要保護性と本件の罪質情状に鑑み、此の際国立の施設に於て徹底的な生活再訓練と再教育を施して人格の陶治を図るのを相当と認めた。

よつて少年法第二四条第一項三号、同審判規則第三七条第一項、少年院法第二条に則り主文の通り決定する。

(裁判官 平佐力)

別紙二(差戻し後の決定)(広島家裁 昭三六・三・三一決定)

主文

この事件につき少年を保護処分に付さない。

理由

本件強姦致傷の非行は、記録中差し戻し前の原決定記述のとおりである。

少年は、昭和三十六年二月二日当裁判所において身柄を釈放された後、従前の職場、友人と関係を断ち、父母の許に起居する傍ら姉K子に導かれて創価学会に加入し、学習、実践活動に専念する等おおむね善良な男女と交際するようになり、他方父は、鹿児島県姶良郡○○に金山の採掘事業に着手し、近々少年をこの鉱山で働かせる準備手筈を整えている。かように、その生活環境は甚しく好転しつつあるが、さらに、家庭も少年に対する理解と愛情を深め、相互の親密度も高いことが調査により明らかである外、少年院における五カ月余の事実上の矯正教育は、非行に対する反省、悔悟の機会を提供したのみならず、自主性を養わしめ、規律ある生活態度をかなりに体得させ、少年の精神的成長にひじようなプラスとなつた。

これら各般の事情を考えると、少年の資質には未だ一抹の不安が残るとはいえ、もはや保護観察に付すべき事由は存しなくなつたものといわざるを得ないので、少年法第二三条第二項に則り、主文のとおり決定する。

(裁判官 小島建彦)

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